30歳無職女ひとりスコットランド・グラスゴーでの日々

30歳無職女ひとりスコットランド・グラスゴーでの日々

続・心の中のパンクスが騒ぎ出すガッデムグラスゴー

朝起きる、曇っている。一週間ぶんほど貯まった洗濯物を引きずって、近所のCotton Freshというコインランドリーに行ってみることにした。 
入ると、大量のゴミ袋や洗濯物に紛れてランドリーマシーンと、白装束のアラブ系おじいちゃんがいた(洗濯物かと思った) 
私の洗濯物の量を見て大きいマシンを使えと言ってきたので、はいはいと言われるがままにしようと思ったら、8ポンド(1200円!)とのこと。 
ちょっと待て待てコインランドリーに1200円も出せないしマジで高すぎる、と思い小さめのマシンを使いたいと懇願したが全部壊れているという謎の回答をいただく。 
面倒になった私はええいままよとここで洗濯することにする。 
ゴロゴロカートを押してやって来たおばあちゃんや、クタクタのスウェットの兄ちゃんらを見ていると皆これが当たり前と言った顔をしているので、きっとそうなんだろう。どうりで何日洗っていないんだい?という服を着た人が多いんだなと納得する。こんな調子では私も汚い服族の一員になること請け合いである。 
待っている間、家に帰るのも何もかも面倒になってしまったので久しぶりに見た太陽のもとで日光浴をする。 
厚い雲の隙間からたまに日光が顔を出すと、それだけで嬉しくてたまらない気持ちになった。 
全体的に灰色と茶色の街である。 
たまにカラフルな服の人を見ると、それだけでなんだか気分が弾む。

乾燥機も合わせて1500円という恐ろしい金額の洗濯を終えてから、家探しをするにも職探しをするにも何につけてもまず携帯をゲットせねばということで携帯ショップに向かう。 
もちろん始まりのインド人に教えてもらったEEでSIMカードをゲットし、その近くの中古携帯ショップで安いスマホを買う。 
また降り始めた雨そして風にガッデム!!ガッデム!!と心の中で叫びながら、(私の心の中のパンクスがここグラスゴーでは活発に活動している)雨宿り場所を探す。 
ここ数日で私は地面に落ちていたペットボトルやビニール袋が容赦なく空中に舞い上がりぶつかってくるのを避ける技を身につける。 
ぼーっとしてるとなんでもかんでも飛んでくるくらいの強風である。 
風が強すぎて半目でしか確認できないが、オシャレっぽいストリートに入り込み、そして見つけたオシャレな文房具屋さんに逃げ込む。 
そこは、日本の文房具やらを扱っている画材屋さんであった。 
店長のニコラスはスコットランドの気のいいあんちゃん!と言った佇まいの赤毛にヒゲをたくわえた気さくな青年で、私がスコットランドのコメディ番組が好きでグラスゴーにやってきたというと大いに笑って、オススメの番組や仕事がありそうなテレビ局の情報などを与えてくれた。 
しばし談笑していると、クーン!クーン!と何かの鳴き声がするぞ?と思ったら、なんと文房具棚の中から犬が現れた(置物かと思った) 
茶色の毛のツヤツヤしたこのワンちゃん、メアリーちゃんというらしい。 
散歩の時間だそうで、クーンクーンが止まらないメアリーちゃんとニコラスさんと私は嵐の中一緒に散歩に出かけることになった。 
外に出た途端「あっやっぱ無理!ヤバイ!帰ろう帰ろう!」と騒ぎ始めたスペイン出身のメアリーちゃんを引きずりながらニコラスさんは私に簡単な街案内をしてくれる、はずであった。 
が、横殴りの雨、風、もはや嵐である。 

「ここ!ずっと行くとアジア系のスーパーあるから!」 
「え?!(聞こえない)」 
「醤油とか!売ってるから!!」 
「え?!!」 
「クーン!(風やばいって!)」 
「醤油!醤油が!売ってるから!あっちに!」 
「わかった!ありがとう!」 
「え?!」 
「クーン!クーン!(やばいって!帰ろうって!)」 
「醤油!」 
「うん、それはわかった!ありが、ウォッ!(なんか飛んで来た)」 
「クーン!クーン!(まじだって!)」 
「Okay! じゃあ、また!醤油は、ウォッ(なんか飛んで来た)」 
「はい!ありがとう!またァァァ!」 
「クーン!クーーーーン!(アーーーー!)」 

のどかな街案内のはずが嵐の中醤油!醤油!と叫び続ける羽目になってしまったかわいそうなニコラスさんと別れ、路頭に迷った私はもうこれは風ヤバイとどっか適当なライブハウスに入り、若いロックバンドをみる。 
ボーカルの小さなTシャツを着た青年が、タンバリンを持っていたので既視感すごいなと思ったらそうか、OASISのリアムもタンバリンを持っていたなと思った。 
UKのバンドはボーカルがタンバリンを持つのがデフォルトなんだろうか。

ガーッ!デーム!と私の心の中のパンクスの声が枯れるほどに叫びながらなんとか宿に帰る。

明日も雨なんだろうかと思うと俄然心が落ち込むが、明日は部屋の内見が2軒あるので、張り切って行こう。 
っていうか買ったばかりの携帯がマジで全然ちゃんと動かないし電話できないんだけども一体どういうことなんだガッデム!ガッ・デーム!!寝る!!!!!

心の中のパンクスが騒ぎ出すガッデムグラスゴー

すでに心が折れそう。雨雨雨風の嵐である。なぜグラスゴーの人々は皆雨なのに傘をささないんだろう?と常々不思議に思っていたのだが理由がわかった、意味がないのである。 
日本から持ってきた折り畳み傘はすっかりグラスゴーの洗礼にやられもはや折りたためない状態にまで打ちのめされている。 
ロンドンに比べて、オシャレな人が少ないな〜なんてのんきに思っていたのだが、これはもはやおしゃれどころの騒ぎではない。髪も化粧も何もかも一瞬でリセットされるこの雨風である。 

グラスゴーに到着したのは、夜の7時を回る頃だった。 

ロンドン〜グラスゴーまではバスで9時間ほどの道のり。 
車窓からみえたのは、なんか枯れた土地……羊……山…羊羊羊…羊……その風景の5割は、羊が草を一生懸命食べている姿であった。 
バスの中では、皆暇なのか電話ばかりしている。
いろんな国の言葉が入り乱れている、いっときはこの閉じられた空間の中で一斉に6ヶ国語くらいがギャーギャー飛び交い始めたのでうるせー!もう1ヶ国語加えたるぞ!と私の心の中に何かパンク的な精神の目覚めを感じたが抑える。それにしてもよくそんな話すことがあるなと思うくらい、日本以外の国の人はよく電話をしている。

私の斜め前の席にいる本当にトレインスポッティングのキャラクターみたいなヤバそうな見た目のオッサンが、低い音量で鳴った電話をゆっくりととる。じっと一点を見つめた後に「I’ll be there」とだけ渋く言って電話を切っていた。どこに行くの!私はすっかりオッサンの声にシビれてしまった。 
かたや、前の席ではトレインスポッティングおじさんとは対照的に長々と電話をするやたら声の甲高い白人のオッサン、
内容から察するにどうやら別居中の妻と電話をしているらしく、ひたすら「だからバスで行くって言っただろ!俺に飛行機で来いってか?そのぶんの金は誰が払うんだよ?ん?え?もう来なくていいって?待て待て待て!」と言ったやりとりを1時間以上繰り返している。妻よ早く電話を切ってくれ。私だったら冒頭1分でもう切っている。かと思えば、何か彼ら二人にしかわからないジョークで盛大に笑いあったり、全く夫婦というものはよくわからないものだなと思った。

賑やかすぎるBus rideが終わり、バスはGlasow City Centreに到着した。 
City Centre,街の中心部である……

街の……

中心部?

スーツケースとともに駅前に降り立つ。
冷や汗がジュワッと出てくるのを感じる。

マジで何もない。

街灯もまばらな適当な感じの石畳の道を、険しい顔をした人々がちらほら歩いている。 
バーガーキングと、スターバックス……あとは、なんかチェーン店っぽいもの。

寒い。
風やばい、雨降っている。

ビニール袋わっと風に舞う。

……これはそうだ、そう!多分バスの発着地点だからきっと本当の街の中心部はもっとこう!違うんだよ!うん!

と気を取り直して、借りているアパートのある場所に向かって歩き始める。

そうそう!東京だって、皆東京駅じゃなくて新宿とか渋谷に行くじゃないか!そして横浜だって横浜駅には大して何もないもの!きっとこれもそういうものだよ!ね!

と見えない友達に同意を求めながら冷や汗をぬぐいぬぐい歩き始める。
石畳ボコボコ過ぎてスーツケースゴロゴロの難易度が高すぎるしこの風よマジで目も開けられないしゴミ飛んでくるしOhなんとかしてくれ寒い寒い寒いと私の心の中のパンクスが小さく歌い始める。

焦りを隠しながら横断歩道、信号を待つ私の横でたっぷりと肥えた蛍光ピンクヘアの白人女性がむしゃむしゃピザを食べている。 

雨風に打たれながら、彼女はピザを食べている。

私なら  あー風!髪の毛にチーズついた!あっこの、パン屑ポロポロするしびちょびちょだしああもうヤダヤダとなりそうなこの状況下だが、
彼女の立ち姿は堂々としており、一瞬の迷いも感じさせない。
あまりにもスタイリッシュにピザを召し上がった彼女は、ピピッと手を払ってまたカバンからチップス的なものを出して食べ始めた。そして歩き始める。信号は赤である。
私は奇妙な感銘を受けながら、彼女の後ろについて歩き始めるが、スーツケースが引っかかり車にクラクションを鳴らされたりしているうちにああ信号は青になり、彼女はどこかのビルの地下に消えていった。

息も絶え絶えになりながら、アパートのあるCessnock駅に降り立つ。 

マジで、何もない。 

ホームレスのオッサンがタバコの吸い殻を集めている。横殴りの雨。以上。

アパート管理人のダグラスがOh hello! Welcome!と言ってあたたかく迎えてくれたのがこの日の唯一の救いであった。 
荷物を部屋に投げ込む、なぜだか無性にやりきれない気持ちが湧いてきて、私は雨の中外に飛び出し、パブでビールとスコッチウィスキーをたのむ。 
安いしうまい。 
天気がこんな調子では、パブくらいしか楽しみがなくなるのはなんとなくわかる気がした。 
バーテンダーのショーンはおしゃれな音楽好きの青年で、グラスゴーのオススメのライブハウスはと聞くとありすぎてどれから言っていいのかわからん、と笑っていたので、すこし元気がでてきた。 
住むのに良さそうなエリアを教えてもらったので、明日行ってみようと思う。

世間体を気にするガーナ人とのスペイン爺をめぐるケンカ

とにかくしょっぱくないなにか新鮮なものを食べようと共同キッチンでほうれん草とトマトを炒める。すると、隅に英語のあまり得意でないスペイン人のおじいちゃんが震える手に冷凍ピザを持ってたたずんでいる。
どうしたのと聞くと、普段料理をしないからどうやってピザを作ったらいいのかわからないと照れ臭そうにしていた。じいちゃんのピザをオーブンで温めてあげる。
ロンドンに住んでいた彼の弟が亡くなり、お葬式のためにバルセロナからやって来たらしい。昔は車の工場で働いていて、今は一人暮らしなんだと言っていた。
と、キッチンにやたらにテンションの高いガーナ人が現れYou Japanese! C'mon Join us!と割り込み割り込みあれよあれよという間に私はガーナ人らのテーブルに巻き込まれてしまった。 
おじいちゃんは、出来上がったピザをオーブンから皿に移すのに失敗し、すっかり逆さまになってナンみたいになったピザを隅っこのテーブルで食べていた。 
質問が止まらなすぎるガーナ人の青年は、まだ挨拶もすまないうちにLINE教えろ、Facebook教えろ、Instagram,Whatsapp、、と私の持つすべてのSNSを矢継ぎ早に聞いてきて私はすっかり参ってしまった。 
彼は手元に並べた三台のIpadだのアイフォンを駆使し、様々なひとの会話に割り込みながら全員のSNSをコンプリートしようとしていた。さながら珍しいポケモンを収集するポケモンマスターである。 
彼はあまりにSNSに忙しく、どうやら私をテーブルに招き入れSNS情報をゲットしたことで満足したようだった。 
私は、一人逆さピザを食べているスペインの爺が気になり、このポケモンマスターにあそこにいるお爺ちゃんもこのテーブルに呼んでもいい、と聞いてみた。 
すると彼はここの席は携帯を置く場所だからダメだと謎の理屈をこね始めたので、彼に少し腹が立っていた私はお構いなしにスペイン爺を呼び寄せた。 
よく知らない場所で弟を亡くして、こんな若者が騒ぎ散らかしているばかりの場所でひとりで逆さピザを食べるなんて、そんなかなしいことはないんじゃないか、と思った。

私の横にいた心の優しそうなイギリス人青年とスペイン爺と私は、爺のテンポに合わせてゆっくりと会話を楽しんでいた。 
そこに定期的にガーナ人青年アリが割り込んで来て、全然関係ない話を大声でまくし立て、爺のいうことすべてにWhat? What?と何言ってんだジジ、みたいな態度をとってくるのに私はそろそろ我慢の限界が訪れていたが、イギリス人青年のナイスな返しにその場はなんとか収まっていた。 
こういう、細身で赤毛のやさしい青年のはなすイギリス英語の響きはなんだかいいなあ、と私はクイーンズイングリッシュにすっかりほれぼれしてしまった。 
ピザよりパスタがうまいとか野菜をもっと食べなきゃとか平和すぎる私たち3人の会話をつまらなそうに聞いていたアリは、突然爺に
How old are you?(あんたいくつ?)と質問してきた。 
68歳、と爺が答えると、
Nah, you are too old for this. (うわー、年寄りすぎる)
と言いのける。 
爺さんは爺さん同士でつるんでればいいんだよ、こんな若者の輪の中に入って来て、僕ら友達になれるとでも思う? あ、僕はいいんだよ? 僕はね。僕は別に気にしないんだけど、世間はこういうの変だなって思うよ、孫ほども年の離れたアジア人の女の子と、あんたみたいな爺さんが一緒にいたら……僕は別にいいけどね、世間は友達だとは思わないよ、なんかボランティアっていうか弱みでも握られてんじゃないかっていう感じで(笑) あ、これ一般常識だから。
爺が苦手な英語で何かを返そうとすると、
アリはListen Listen!ちょっと待って!まず僕の話を聞いてと上記のようなことをひたすらにまくし立てる。 
ちょっと爺に喋らせなよ!
と私がいうとアリはふてくされた様子で携帯をいじり始め、その間に爺はなんとか言葉を絞り出す。
「自分がここで浮いているのはわかっているけど、友情と年齢は、関係ないと思う。僕が年を取っているのが君に迷惑ならそれはどうしようもないことだが、嫌ならここを離れるよ」
しかし、アリはひたすらにSNSである。 
とうとう私は黙っていられなくなって、
っていうか!さっきから世間は世間の皆さんはっていうならその皆さんってやつを連れてきてよ、そんなものどこにも存在しないんだよ、全部あんたが思ってることなんだ、そうやって自分は違うけど〜?みたいな感じで意味不明なこと言い出すのはマジで卑怯だし嫌い、そういうの本当に嫌い!
といきなり怒り出したアジア人に戸惑った様子のイギリス人青年のやさしい青い瞳が右に左に動いているのが見える、
しかし私はなぜだかこの時本当に手が震えるほど悲しくて、怒ってしまった、そして止まらなかった、爺がどんな気持ちでいるのかこいつには一生理解できないだろう、私だってわからないけど彼がいい人だっていうのは火を見るより明らかじゃないか、なんでそんなことを言えるんだろう? 一体どんな脳みそしてんだ? 
一向に人の話を聞かないアリは、OKと適当な相槌をうった後また話し出す、僕は自分より10歳以上上の年齢のやつとは友達になりたくない、老人とは友達になれない、だってそんなのおかしいよ! これは僕だけじゃなくて、世間の一般常識だよとまた世間世間世間とマジでこいつミンチにしてやろうかと思うくらい、どうして私はこんなに怒っているんだろう。 
私は、自分の意見を社会のせいにするやつが嫌いだ、皆がそうとか普通はそうとかそういうやつだ大嫌いだ、そしてほんのちょこっとでも人の気持ちを想像しないできない脳みそ使わないスタイルのやつも大嫌いだ、私だって人の気持ちなんてわからないしそこまで善人ではないけど、なんでこいつそんなこと言うんだろう一体何が楽しいんだろう? どうして人を、わざわざ悲しませるの?
君はきっと――爺だからとかアジア人だからとかゲイだからとかそういう理由でどんどん人を遠ざけて、せっませっまい世界の中のさらにSNSの殻に閉じこもって俺友達いっぱいいる!とかそういうこと言うんだろ、君は、私のSNSを全部知ってるけど私たちはなんの話をした?You are from Japan, Nice!だけだろ、君は私をただの日本人だと思ってるけど私には名前があるし日本人だからキレイ好きなんだろとか親切なんだろとか言われんの大嫌いだしだからなんだって感じだし、マジで意味わかんないし、私と爺はちゃんと、ちゃんと話をしていたのに、そんな意味わかんないやつに邪魔されて友達になりたくないとかって言われてもこっちから願い下げだし私と爺は、お互いのSNSを何にも知らないけど、間違いなく友達だよ、お前とは友達でもなんでもないしなる気もないし!ほら爺、行くぞ!

と私は勢いよく席を立ち、爺の腕を引っ張って外に出る。

周りのみんなはガーナ人と日本人のケンカ初めて見た、という顔で気まずそうに微笑んでいた。 
見てんじゃねーよオーラを漂わせながら私はなんだか、どうしようもなかった。

外は風がごうごうと強くて、雨が降っていた。 
爺は、私にスペインの葉巻を持たせ、そっと火をつけてくれた。 
私の指は寒さなのか怒りなのか、震えが止まらなかった。 
心配そうな、傷ついたような、諦めたような爺の顔を見ていたら、私は心底、爺に申し訳なく思ってきた。
爺をダシにして自分の言いたいことばかりまくし立てて、私ももしかしたらあのガーナ人とそんなに変わらないことをしていたんじゃないかと思って、情けなかった。
私たちは、風で揺れる木々を見ながら、じっと立っていた。
スペインの葉巻は、太陽みたいな匂いがする。 

それから、宿の中にある小さなバーで、私たちはビールで乾杯をした。 
明日のバスでグラスゴーに行くんだというと、爺は起きれたら見送りに行くよと言ったが、
翌朝爺はいなかった。

朝のバタバタの中サトウのご飯をあっためたのを握り飯にしてバスに持参しようとしたら、電子レンジが壊れているので湯煎。
パンクな感じの受付の姉ちゃんが、レンジにバチッとOUT OF ORDERの紙を貼り付けて去っていった。

何でもかんでもOUT OF ORDERの国である。

傍らでは気弱そうなベルギー人の青年が朝からケーキを作っていた。 
木の棒がないので、コンタクトレンズの保存液ボトルでせっせと生地を伸ばしている。

通勤ラッシュに巻き込まれないようメインでない方のバス停を選んで予約したのが功を奏して、割とすんなりGolders Green Bus Stationにたどり着く。 
スーツケースを持った人々の固まっているエリアに行ってしばし待つと、大きなバスが何台も何台もやってくる。 
やっとGlasgowいきと書かれたバスがやってきて、
中からGlasgow行きーーーー!と叫びながら黄色いジャケットをきた歯抜けの係員が飛び出してきた。 
月曜の朝っぱらから片道9時間もかかるGlasgowいきに乗る人間はそう多くなく、(夜行で行く人が多いようだ)数人がパラパラと彼の元に集まる。 
ううさみい、風つめテーなーと言いながら乗客のチケットを集める彼の話し方に、つい私の頬は緩んだ。 
これはまさしくStill GameやRab C Nesbittの話し方ではないか、
私がUK行きのビザを手にし、移住先にロンドンではなくグラスゴーを選んだ最大の理由はこれなのだ。 
私にとってグラスゴーの方言は耳に馴染んだ東北弁のように聞こえ、それがなんだか愛らしいのだ。 
受付の兄ちゃんはさっむ!あっ番号打ち間違えた!さっむ!とブツブツ話し続けているようだがほとんど何を言っているのかサッパリわからない。 
オラワクワクしてきたぞ、という言葉がぴったり、私はこの言葉の世界に行くのだ。 
なんとなくモヤっとしていた、自分がスコットランドに住んで働くということがまさに現実のようになってきた。
始まりのインド人に逆らって、私はグラスゴーでやっていけるような気がする。

これが正解のような気がしてならない。

ロンドンでネズミ講にひっかかる

ロンドンの安いホステルにて、たまたま同じテーブルについたモロッコ人のオッサンとポーランドガールと朝食。 
ロッコ人のオッサン、旅は一人がいいんだ!友達と行くと必ず喧嘩することになんだから!と猛烈な勢いでシリアルを食っている。話すたびに飛んでくる牛乳を拭っていると、ここいいかな?とイケメンスウェーデン人がやって来た。 
さっきまでフーンとしゃりしゃりリンゴを噛んでいたポーランドガールの顔がパッと明るくなり、モロッコ人のオッサンは仕事仕事!とコートにボロボロついているシリアルを布団叩きばりの勢いではたきつけながら去っていった。 
ラファエルという名のスウェーデン人青年、彼は世界を旅しながら生活しているらしい。 
一体どうやって生計を立てているの?と興味津々のポーランドガール、カミーラちゃん。 
知りたい?そしたら、後で君達に秘密を教えるよ、と微笑むラファエル。 
そこにバングラディシュ青年モシューも加わり、4人テーブルなんだか盛り上がって来た。 
と、突然キッと姿勢を正したラファエル、

「君達の夢は?」

とイケメンスマイルとともに聞いてくる。

――夢?

となんだか照れくさい私たちを尻目に、
「僕は、ハリウッドスターになるのが夢なんだ」
と言い放つラファエル。

間。

え……すごーい!じゃあ、何かそういう、なんか劇団とかに? 
いや、そういうのはやってない。 
これまで俳優活動は? 
それは重要じゃないんだ。旅こそが、僕を夢に連れて行ってくれるんだよ。

静寂。

――あっ、そっかそっか!へ〜!え、でももしかしたらさ、ハリウッドよりボリウッド俳優になる方が面白いんじゃないか?とすっかり茶化すモードに入った私とモシューを尻目に、
夢があるって素晴らしいね、とすっかり目がハートのカミーラちゃん。

「これから僕の秘密を君達に教えるよ。知りたいかい? 」

と言って手提げ袋から何やらごそごそとipadを取り出し始めたラファエル。

It called DreamTrip.(それは、ドリームトリップというんだ)

凍りついた私たちを尻目に、彼は次々とスライドショーでもって謎の旅行会社のプレゼンテーションを始める。

会員になり、それを人に勧めてその人が会員になり、またその人が人に勧めるとどんどんお金がもらえて……という、まさしくこれはNeworking Buisiness、ネズミ講であった。

Dream Tripのメンバーになればラスベガスへの旅行がふたりで立ったの600ドル!しかも五つ星ホテルに泊まれるんだ!さらに会員を増やせば月にこれぐらいボーナスがもらえるんだ!しかも車と家も手に入るんだ!

あまりのGet Money & Get Rich!志向に途中からだんだん面白くなって来てしまったモシューと私であったが、一番かわいそうなのはカミーラちゃんであった。 
すっかり落胆しきった長い睫毛が、Okay..と力なくうつむいていた。

御構い無しのラファエル、長いプレゼンを終えると、

Are you ready to start?(夢を叶える準備はいいかい?)

とドヤ顔でキッ!と私たちを見やる、

No!(ねーよ!)と笑いが止まらないモシューと私。

安く旅行にいける会社のメンバーになって会員を増やすことと君の夢になんの関係があるんだ?とかそんなうまい話あるわけない、カネカネうるせー!っていうか夢っていうのは……など、さっきまで照れ臭そうにはにかんでいた私たちは、吐き出すように自分の夢と金についての考えをまくしたてた。

黙っていたカミーラちゃんも、ゆっくりと顔をあげ――そうだよオメーうるせーんだよ!夢を持てとかってオメーさっき私に言ったよな?お?それがなんだよ、変な旅プラン勧めて金儲けしてハリウッド俳優になるだ?あん?何言っちゃんてんだよちゃんちゃらオカシイんだよ!私の夢か?あん?このまま銀行員を続けてたまに頑張って旅行するんだよ、何か悪いかよ!あん?
と止まらないカミーラちゃんにいいぞもっとやれと薪をくべるモシューと私。

「貴重な意見をありがとう。でも、大切な、一度きりしかない人生くだらない仕事に取られるなんておかしいと思わないかい?(キッ!)」

と、動じないハートが強すぎるラファエル。

くだらない仕事ってなんだお前なんか旅してサギしてるだけじゃねえか!っていうか五つ星ホテルに泊まれるとかいって一泊1000円の宿になんでいるんだよオカシイだろとヤイヤイまくし立てる私たち。

会話が途切れるたび、ラファエルは思い出したように
Are you ready to start?(キッ!)とおきまりのキャッチコピーを繰り返し、その度に私たち3人口を揃えてNo!(ねーよ!)というおきまりのやりとりまで誕生し、最初は怒っていた私たち4人もはやだんだん面白くなってきてしまっていた。

朝飯の時間をすっかり超え、もうお昼時になってしまった。

とうとう諦めたラファエル、じゃあまた、と言って去り際にもちろんAre you ready to start?をかましNo!と送り出す。

すっかり精魂尽き果てたわたしたちは、顔を見合わせて笑ってしまった。

対ラファエルとの争いによりすっかり戦友となったこの奇妙な組み合わせの3人は、始まりのインド人に勧められたHyde Parkというロンドンで一番大きな公園に散歩に出かけた。

死ぬほど風が強い中、言いたい放題言ってすっかり打ち解けてしまった私たちはやたらに笑いながらカモメやリスを追いかけ、妙にしあわせだった。 
初対面で色々ぶちまけてしまったおかげか、なんだか気楽な仲間たちだった。

今日の飛行機で帰るカミーラちゃんを送り、私とモシューは駅構内のスシ屋で安いスシを食べる。 
モシューはわさびが苦手だったらしく、クーと苦しみながらコーラを飲んでいる。
ロンドンに仕事の面接に来たというモシュー、結果が出るのは数週間後だという。
がんばってね、応援していますと言った私の言葉は、自分でも驚くぐらい本当の気持ちだった。
握手をして別れる。

一人になった私は、ふと見つけた古そうな映画館に入る。 
ちょうど15分後に映画があるというので、じゃあそれでというと古いイタリア映画であった。 
Marriage, Italian Style. 
やいのやいの!という効果音がぴったりバッチリイタリアン映画!と言った感じの冒頭から引き込まれ、そしてソフィアローレンがひたすらに気高かった。 笑うタイミングのおかしいオッサンや、これは次どうなるんだろうね?としきりに隣の人に聞き続けるばあちゃんらの話し声と、クラシック映画はやたらに合う。 
私以外全員白人の爺婆ばかりの劇場で彼らの白い後ろ頭を見ながら、あーロンドンもいいなと思った。

桜舞うロンドンで無職のインド人と散歩

ヒースロー空港の長い長い入国審査の列から解放され、やっとこさロンドン入り。
自分でも驚くほどスムーズに地下鉄に乗り、大雨の中ゴロゴロとスーツケースを引っ張り続けなんとかホステルに到着した頃には、もう夜9時を回っていた。
早速のビショビショの洗礼に、やっと  あ、イギリスに来たのだなと手ぬぐいで頭をかきかき思う。
飛行機の中でずっとしょっぱい焼きそばばかり食べさせられていたので、何かしょっぱくないものが食べたかったのだけど、スーツケースをエレベータなしの4階に引っ張りあげてからヨロヨロと外に出ても、あるのはハンバーガーとピザばかりなり。
雨の中ひたすら歩き続け、店じまいをしているオリエンタルな雰囲気のスーパーでファラフェル(豆コロッケみたいなもの)を買う。
これからパーティーだから今日は早く閉めるとこ!オマケにこれも持ってきな!と3個だけ買ったつもりのファラフェルが20個になり、ついでに大量のサモサとパンがついてきて、1ポンドであった。
宿に帰ってファラフェルをひたすら食べる。しょっぱい。

翌朝、荷解きをしていると私の二段ベッドの下から声がする。
「日本人か?」
上の段から顔を出して、そうだよと答えると「そうかそうか、最近は日本人が多いね」と金のネックレスを何やら直しながらいう彼は、ビジェという名のロンドン在住の無職のインド人であった。
何しに来たというので、グラスゴーに働きに来たというと、グラスゴーはやめとけ、ロンドンがいいぞとしきりに説いてくる。
彼はインドから来たシステムエンジニアで、最近職と家を失いホステルで難民のような暮らしをしているらしい。
そういえば朝食の時に会った目の綺麗なバングラデシュの若い青年もまたシステムエンジニアで、ロンドンの大きな会社の面接に来たんだ、越してくるのが楽しみだと言っていた。
数時間のうちにBefore/Afterを垣間見てしまったような気持ち。
お互いヒマなのでちょっとポートベロー・マーケット(土曜骨董市のようなもの)でも見に行くかと言って快晴のロンドンをぶらぶら散歩する。
桜が咲いている。
道すがら、ビジェは「おい日本人、ロンドンにいるならこのアプリを入れた方がいいぞ、あとこれも、えっオイ!バスに乗るのにオイスターカード持ってないの?!カードはここで買ってここでチャージするんだ、そうだあと、いいか、携帯会社はEEがいいぞ、マンスリープランでもプリペイドでもここが安くてオススメだから!」と聞いてもいないのにメモが間に合わないくらいのTipsを私に授けてくれた。
ウンウンとうなづきながら、
私はあることを思い出していた。
数年前カナダに引っ越してすぐまだ安いホステルに滞在していた時も、私の二段ベッドの下の段にはインド人が眠っており、そして彼もまた私に安いオススメの携帯会社を教えてくれた。
まだ英語もままならず携帯どころでない私だったが、いいからついてこい携帯は必要だ!と、彼は乗り気でない私を携帯ショップに連れて行き「これだ、このプランだそして機種はこれにしろ」とほぼ無理やり携帯を買わせた挙句お礼にジュース奢れと満面の笑みで催促して来たのだった。
私の旅はいつもインド人からはじまるようだ。
カナダでの経験から言うと、この始まりのインド人に逆らわない方がいい。
その時はおせっかいだなあ、自分でなんとかできるよもーうるさい!と邪険にインド人を扱ってしまっていた私だったが、後になって何か間違いを犯した時いつも「あ、あのインド人が言っていたことは本当だったんだ…」となることが少なくなかった。
ビシェと骨董市をぶらぶら、血迷った私はなぜかシワシワのラッコの置物を買った。
あまり上手くないフォークシンガーの歌を聴きながら、無職のインド人と日本人ふたり安いビールを飲みながらしばし突っ立っていた。
来週お母さんがインドからくるので、その時までにせめてアパートだけは探しておきたいんだなとビジェはつぶやいていた。
春が来たから、きっと大丈夫だよとポップソングのようなセリフを言った私の胸は、なんだか妙に高鳴っていた。